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March 2005

March 19, 2005

クリプトメリーの想い出VOL.3

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足繁く通っていたクリプトメリーですが、たった1度だけ、オーナーさんにお会いしたことがありました。ある日、お店のドアを開けると、何となくいつもと雰囲気が違うんです。お客さんがどことなくそわそわしている感じで、なんでだろう?と思いつつ、ふとカウンターの方を見ると、そこにはオーナーの財津和夫氏が立っていました。
辺りを見回して空席を探すと、これがまた計ったように財津氏の目の前のカウンター席しか空いていなくて、ドキドキしながらそこに座りました。財津氏は眉間にしわを寄せながら、銀のスプーンを丹念に1本1本布で磨いています。店内は満席なのに、お客さんはみんなカウンターの財津氏に注意を向けているせいか、話し声一つせず、し〜んと静まり返っています。その重い空気を読んだのか、財津氏が笑顔を浮かべながら「皆さん、お待たせして申し訳ありません。もう少々お待ち下さいね」と、お客さん全員に向かって声を掛けました。それを切っ掛けに、店内は少し空気が和み、話を始める人も出てきたようです。すると突然、隣にいたバンドメンバーが我慢し切れなくなったように財津氏に話しかけました。「財津さん!ほんとに、財津さんですか!?」(ほんとに…って、何処をどう見てもまぎれもない本人なんですけど…(^^;)氏は黙ったまま、ただニヤリと笑い返してきました。メンバーはひるまずに、バンドを組んでいる話などをしました。氏も嬉しそうに「今度リッケンのギター買おうと思ってるんですよ」なんて話をしてくれました。(実際、その直後のツアーで、新しいリッケンバッカーのギターを使っておられました)私はまだ緊張していて、ただ黙って二人の話を聴いていました。すると、ふいに財津氏がこちらを見て「あなたは何の楽器を弾いているんですか?」と尋ねます。そして間髪入れずに「その指は…ピアノですね」「え!?わかります??」財津さん、よくわかったなあ…などと感心している私に、氏は微笑みかけてくれました。すっかり興奮していたので(爆)、このくらいしか憶えていないのですが、あとになってよ〜く考えてみると、この当時バンドに女の子が入っていると言えば、まず大概キーボードだし、私のような超・深爪を見れば、少なくてもギタリストには見えないということに気がつきました。それにしても、なんてキザな言い方なんでしょう(笑)。確か深夜に「○○探偵団」という音楽番組の司会をなさっていた頃のことです。それ以来、もう一度お会いしたいと思って何度も店へ行きましたが、後にも先にもこの時しかお会いすることはありませんでした。

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March 15, 2005

クリプトメリーの想い出VOL.2

crypto1c古い写真を眺めていたら、クリプトメリーの店内で撮った写真が出てきました。お気に入りだった窓辺のテーブルでの1ショットです。“別人28号”(古っ!)な姿が写っていて、ちと照れ臭いのですが、お店の雰囲気をお伝えしたいので、UPしてみました。ちょっとわかりにくいかもしれませんが、窓は出窓になっていて、スプレーカーネーションのようなお花がふんわりと生けられています。ランプの足元に黒いバッグを置いてあるため、足の部分のデザインが写真ではわからないのが残念ですけれども、壁に映った温かみのある黄色い光や、水の入ったグラスのデザインはおわかりいただけたと思います。窓から見えるのはお向かいのお家の玄関で、住宅街の一角にあった様子が伺えますね。

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March 12, 2005

クリプトメリーの想い出 VOL.1

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 クリプトメリー〜それは、今はもうない、想い出の店の名前です。その店は、20年近く前に表参道の路地裏にあった、財津和夫さんが経営していらした珈琲専門店で、神宮前交差点から程近い、ウェエンディーズの裏手辺りの路地を入った住宅街の一角にありました。白い壁と深みの有る色調の木材を使った床やテーブルは、心地よい落ち着きを与えてくれ、訪れた人は何時間でもずっと居たくなる、そんな場所でした。店内には、周りに10数名掛けられそうな大きなテーブルが1つと、店の奥に小テーブルがいくつかあり、カウンターにも数名が掛けられました。そして、入り口脇の窓際のテーブルだけが1つ離れていて、私はこの窓辺の席がとても好きでした。それぞれのテーブルにはアールデコ調のランプが1つずつ灯(とも)され、白い壁に幻想的な影を落としていました。お店のスタッフは男性で、運んできてくださるお水は、ほのかにレモンの味と香りがしたのを憶えています。

 TULIPファンにはお馴染みの店でしたが、それ以外の人たちにもファンは多く、私の友人も1度連れて行って以来大層気に入ったらしく、何度も1人で通っていたそうです。昔のバンドのメンバーたちと行ったこともありましたが、誰と行っても私は決まってカフェ・オ・レを頼み、珈琲好きな彼らが頼むのはア・メール・メランジュという濃い目の珈琲でした。ア・メール・メランジュという言葉を、私はこの店で初めて知りました。この言葉は、今も強烈に私の印象に残っていますが、マイルドなタイプの珈琲が何という名前だったのか、どうしても思い出すことが出来ません。「なんとかメランジュ」だったのは確かだと思うのですが(笑)。もしかすると、非常に発音し難い言葉だったために注文し辛く、それでカフェ・オ・レばかり頼んでいたのかもしれません(爆)。

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March 03, 2005

アンチ返上

P050114_1935 1月末の単独ライブでも、昨春の“青い星の小さな音楽会”でも、風祭さんのリードボーカル曲を歌っていた私ですが…白状します。THE ALWAYSが活動中だった頃、私は彼が好きではありませんでした。メンバー4人のうち3人までが大好きなTULIPのメンバーだったわけですから、そこに誰が加わろうと(別に風祭氏でなくても)気に入らなかったのでしょうけれどね。そして、1stアルバムに入っていた彼の曲は決して嫌いではなかったのですけれども、その当時行動を共にしていた人がアルバムを聴く際に常に彼の曲を飛ばして聴いていたため、彼の曲をろくに知らなくて愛着が無かった、ということも数ある理由の一つでした。

 それが何故、突然彼の曲を自ら歌うまでに変貌したのかと申しますと、意外にも共通点がいくつか見つかり、彼に対する嫌悪感が少しずつ消えていったからでした。
それは、探し物をしているときに偶然見つかった、ALWAYSのファンクラブ会報をみていた時のことです。昔は読み飛ばしていたであろう風祭氏のコラムが、そこにはありました。何気なく読んでみたところ、(彼が自分と同じレフティーであることは知っていましたが)「急須は右利き用に出来ていて不便で仕方がない」というような、自分が普段思っていたような不満が書き連ねてあり、何となく“同志”のような気分を感じてしまったのです。「よく言った!敵ながら天晴れじゃ!」(何が“敵”なんだかわかりませんが…笑)
そんな爽快な気分でした。

 そしてまた他の会報に目をやると、今度は氏が冗談半分に書いた履歴書が載っていました。冗談半分と言えども、通っていた幼稚園や小学校の名前は実在のもののようで、それがどうも我が家の近所らしいことが判明したのです。

 人間って、不思議なものですよねぇ。たったこれだけのことで興味を抱き、それまで拒絶していた相手を受け入れられるようになってしまうのですから。しかし、氏に対する嫌悪感が消えた今でも、どうも“ソフィスティケイテッド硬派”はなんだかC−C−Bみたいで、あまり好きじゃないんですけど(笑)、これもそのうち時が経てば、嬉々として自ら歌ってしまうような日が来るんでしょうか(^^;

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