2005/03/24

流浪の民(2)〜なつかしの梅ヶ丘〜

Hashioki01世の中には生まれてこの方一度も引越しを経験しない人もいれば、私のように十回以上も引越しをした人間もいます。父親の仕事の関係で、赤ん坊の頃から何度も引越しを経験した私ですが、三つ子の魂百までの諺(ことわざ)どおり、大人になってからも数度の引越しをしました。そんな各地を転々とした自分や同じ境遇の人を、私は愛着を込めて“流浪の民”と呼んでおります(笑)。

短大を卒業して、専門学校に通うために上京した私が最初に住んだ街。それが梅ヶ丘です。急行は停まらないけれど、新宿へも渋谷へも15分ほどで出られるし、下北沢も近くて、とても住みやすい街でした。駅の反対側には羽根木公園という梅の名所があって、天気のよい日に散歩するのには絶好の場所…だったのですが、数えるくらいしか行ったことがありませんでした(^^ゞ今にして思えばとてももったいなく思うのですけれど、それは年齢を重ねた今だからこそ、そう思えるのかもしれません。

アパートの近くには高校がありました。そのため、休みの日に遅くまで寝ていると、しばしば運動部の女生徒たちの軽やかな足音と掛け声に優しく起こされたものです。しかし、尚もウトウトしていると、やがてドスドスと重たい足音とともに、「こぉ〜くしかぁ〜ん!ファイッ!ファイッ!ファイッ!!」という、おもいきりむさ苦しい体育会系の男子学生たちの低音が響き渡り、おちおち寝てなどいられなくなるのでした。もう、かれこれ20年近く前の話です(^^; 写真は、下北沢の雑貨屋さんで購入した、今も尚愛用している猫のデザインの箸置きです。数度の流浪生活にもめげず、健在です(笑)。

この街に住んで間もない頃、非常に手痛い失恋を経験しました。自分で言うのもナンですが、田舎から出てきた世間知らずのお嬢だったもので…(爆)。でも、立ち直りも早かったですよ。何かに没頭すれば失恋の傷なんてすぐ忘れるだろうと思い、本屋に行きました。そこでPlayerという音楽雑誌に手を伸ばしたことが、その後の人生を左右することになろうとは、そのときは思いもしませんでした。この辺りの話は、また後日あらためて…(^-^)/~~

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