2005/09/23

NANA−ナナ−

img_wp1a久しぶりに映画ネタです。
先月の姑獲鳥の夏以降、亡国のイージスヒトラー 最期の12日間容疑者 室井慎次マザー・テレサ、そしてNANA-ナナ-と、5本ほど映画館で観て来ました。

洋画は偶然にも実在の人物を題材にした対照的な2作品を観た訳ですけれど、やはり独裁者よりは、慈悲の精神を貫いた女性の物語の方が観てよかったと思える内容でした。しかし、どちらも大作ですが、この2作品よりは、邦画の方が面白かったです。

中でも今回取り上げたNANA-ナナ-は、イージスや室井ほどスケールの大きいものではないけれど、監督も俳優もスタッフもみんなが原作の雰囲気を大切にし、登場人物の一人一人がとても活き活きとした好感の持てる作品でした。本当は原作のコミックスを全巻読んでから観たかったのですが間に合わず、観終わった帰り道にプレミアムファンブックの『7・8巻』を含む全14冊をまとめ買いして、今、せっせと読んでいます(^^ゞ

読みながら思いましたが、中島美嘉のナナは、元々彼女をモデルに描かれたのではないかと思うほどハマリ役ですね。歌唱力には定評のある彼女だけれど、ナナがケータイをマイク代わりにテーブルに上って新曲を歌うシーンや、東京に進出してきて初めてのライブのシーンなど、観客を釘付けにする強烈なカリスマ性を感じて、一気にこの作品に引き込まれてしまいました。

また、この作品には主に2つのバンドが出てきますけれど、どちらのバンドのライブシーンもとても迫力がありました。自分もバンドをやっているのですが、楽器をやる人間が見ても、一瞬、本当に弾いているように見えました。(笑)パンフによれば、やはり映像と音声は別々に収録されたとのことですけれど、初心者レベルから猛練習して、実際に弾きながら撮ってもよかったんじゃないかというところにまで達したと言うから驚きです!これから観る人、あるいはDVDになったら観ようと言う人は、ぜひ、ライブシーンに注目してほしいと思います。来年秋の続編が楽しみです!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/23

フジ子・ヘミングの『皇帝』

zakka120_27/17(日)サントリーホールで行われたフジ子・ヘミング&ブダペストコンサートオーケストラのコンサートへ行ってきました。
彼女のピアノを、一度は生で聴いてみたいと思っていましたので、このコンサートをとても楽しみにしていました。
しかもこの日はオール・ベートーヴェンプログラム。ベートーヴェンの曲は大好きなので、より一層期待が膨らみました。
『ショパンとリストを弾くために生まれてきた』と絶賛される彼女なので『ラ・カンパネラ』も楽しみではありましたが、それ以上に、(一時は両耳の聴力を失っていた)耳の不自由な彼女が、同じ耳の不自由だった楽聖の曲をどう解釈するのかに興味がありました。

楽聖と同じ境遇を体験したことのある彼女の『皇帝』は、私がそれまで聴いたことのあるものとはまったく違って、派手な感じではなく、意外にもまろやかな音で始まりました。私はこの曲を語りつくせるほどクラシックに詳しくはないので、感じたままの感想しか書けませんが、なんとなく、第1楽章は即位したばかりのまだ幼さの残る若い皇帝を、第2楽章は憂える皇帝を、そして第3楽章は人々に讃えられ燦然と輝く真の皇帝を表しているような、そんなストーリーが見えたような気がしました。

難度の高いリストやショパンを得意としていらっしゃるだけあって、細かい音符のスケール(音階)も流麗にこなされ、やわらかなピアニシモから迫力のあるフォルテシモまで、ピアノの魅力をあらためて感じさせてくれるような演奏でした。

独奏の『ラ・カンパネラ』の前に、プログラムになかった『ハンガリー舞曲第5番』を演奏してくれて嬉しかったです。いつまでも拍手の鳴り止まない観客席に、茶目っ気たっぷりの投げキッスで返してくれたフジ子さん。
今度はお得意のショパンを聴かせていただきに、ぜひまたコンサートへ行ってみたいと思います。
※Photo by “be-sweet-on”

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/07/21

四日間の奇跡

4day02封切直前に、吉岡秀隆さんが楽譜も読めないのに『月光ソナタ』を自ら弾いたというのを知って、より一層楽しみにして観に行きました。個人的に真理子の過去と被る部分があって、特別深く共感してしまい、回想シーンは泣きっぱなしでしたが、観終わって優しい気持ちになれる映画だと思いました。

それと、私はベートーヴェンの『月光』が大好きなので、この曲が物語に重要な存在として使われたことがとても嬉しかったです。ちなみに、私がかろうじて弾けるのは第2楽章までで、吉岡さんも弾いているのは第1楽章だけですが、やはり第3楽章は難しいので、ちっとやそっとじゃ弾けません。それゆえに映画では第1楽章が使われていますが、本当は第3楽章じゃないと『月光』を使う意味はないと思います。

というのも、原作の中で如月敬輔が心から弾きたいと願うのは月光の第3楽章だからです。第1楽章のゆったりした旋律とは対照的に、細かい音符の、音程の入り組んだ複雑なスケール(音階)をものすごい速さで弾かなければいけないものなので、薬指を銃に吹き飛ばされてしまった彼が、元通り、自由自在に指を操りたいという気持ちの象徴として、原作者はこの第3楽章を取り上げたのでしょう。

しかし、第1楽章はとても幻想的な旋律なので、『奇跡』のイメージにはとてもよく合っていましたし、知名度も高く、なによりも役者さん本人が弾くことができましたから、第3楽章を吹き替えでやるよりも良かったと思います。
吉岡さんの演奏は本当に素晴らしかったです。「当分、鍵盤見たくない(苦笑)」というお言葉から、相当弾き込んだご様子が伺えますね。
************************************************

漫画と原作は観終わった後で読みました。(原作はまだ読みきっておらず)
真理子が、残された4日間で過去を振り返り、自分の気持ちとちゃんと向き合って、自分の運命をしっかりと受け入れてゆく姿を演じるのはとても難しいですが、石田ゆり子さんと尾高杏奈さんは、たしかな演技力でこれを見事に演じきっていました。

傷ついた経験のある人は他人に優しくなれる』…真理子の、まるでマリア様のような慈悲に満ちた優しさと凛とした態度は、過去の悲しみを乗り越えた強さ(傷は完全に癒えてはいなかったけど)から来ているのですが、石田ゆり子さんははまり役だと思います。尾高さんの千織と真理子の演じわけも実に素晴らしい!将来有望な女優さんとして注目してゆきたいです。

映像に関しては、角島の風景がとても美しく、セットの教会もマッチしていてよかったです。特に奇跡のシーン。灯台の光が教会のステンドグラスから差し込んで七色に光ったのがなんとも神々しくて、効果的でした。全体的に原作の雰囲気には忠実だけれども、ところどころは観る人の捉え方にゆだねられていました。特にラスト。教会のステンドグラスの文字と、真理子と敬輔と千織が手をつないで教会へ向かう姿に、「これは敬輔が千織と真理子を思って寄贈したステンドグラス??」それとも「本当のパパとママが生前に贈ったもの?」と、少々混乱しました。(原作や漫画をみて、後者の方が正しいらしいのはわかりましたが)
けれど、観る人次第な演出の投げかけは映画らしいので、これはこれで私は許せますが、白黒はっきりさせたい人には、少々納得行かない部分のある映画かもしれませんね。お薦めBOOKSにあげておきながらこの映画の話題を取り上げていなかったので、公開は終わっちゃったようですが、書かせていただきました(^^; 。

余談ですが…どこかで「瀬戸の花嫁」に違和感をもったというコメントを見ましたけど、一昔前の田舎の結婚式らしくて、私は良かったと思いました。老舗旅館の長男坊の披露宴ということで、親戚やら地元の有力者やら集めて延々と飲めや歌えや、主役そっちのけで大騒ぎ。地域によっては延々と三日三晩続くと聴いたこともありますので、そんな様子をとてもよく再現していたのではないでしょうか。

◇公式ページ◇ 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/03/24

流浪の民(2)〜なつかしの梅ヶ丘〜

Hashioki01世の中には生まれてこの方一度も引越しを経験しない人もいれば、私のように十回以上も引越しをした人間もいます。父親の仕事の関係で、赤ん坊の頃から何度も引越しを経験した私ですが、三つ子の魂百までの諺(ことわざ)どおり、大人になってからも数度の引越しをしました。そんな各地を転々とした自分や同じ境遇の人を、私は愛着を込めて“流浪の民”と呼んでおります(笑)。

短大を卒業して、専門学校に通うために上京した私が最初に住んだ街。それが梅ヶ丘です。急行は停まらないけれど、新宿へも渋谷へも15分ほどで出られるし、下北沢も近くて、とても住みやすい街でした。駅の反対側には羽根木公園という梅の名所があって、天気のよい日に散歩するのには絶好の場所…だったのですが、数えるくらいしか行ったことがありませんでした(^^ゞ今にして思えばとてももったいなく思うのですけれど、それは年齢を重ねた今だからこそ、そう思えるのかもしれません。

アパートの近くには高校がありました。そのため、休みの日に遅くまで寝ていると、しばしば運動部の女生徒たちの軽やかな足音と掛け声に優しく起こされたものです。しかし、尚もウトウトしていると、やがてドスドスと重たい足音とともに、「こぉ〜くしかぁ〜ん!ファイッ!ファイッ!ファイッ!!」という、おもいきりむさ苦しい体育会系の男子学生たちの低音が響き渡り、おちおち寝てなどいられなくなるのでした。もう、かれこれ20年近く前の話です(^^; 写真は、下北沢の雑貨屋さんで購入した、今も尚愛用している猫のデザインの箸置きです。数度の流浪生活にもめげず、健在です(笑)。

この街に住んで間もない頃、非常に手痛い失恋を経験しました。自分で言うのもナンですが、田舎から出てきた世間知らずのお嬢だったもので…(爆)。でも、立ち直りも早かったですよ。何かに没頭すれば失恋の傷なんてすぐ忘れるだろうと思い、本屋に行きました。そこでPlayerという音楽雑誌に手を伸ばしたことが、その後の人生を左右することになろうとは、そのときは思いもしませんでした。この辺りの話は、また後日あらためて…(^-^)/~~

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2005/03/22

自分自身の癒し方VOL.2

garbera01
土曜日にミュージカル“レ・ミゼラブル”を観てきました。7〜8年前にも観たことがあったのですけれど、3時間の人間ドラマは、登場人物の一人一人がみな主役のような、素晴らしい生き様を見せてくれる、感動一杯のステージでした。

日曜日には映画“ローレライ”を観ました。こちらは軍隊が舞台の映画のため、出演者のほとんどが男性でしたけれど、どのキャラクターも魅力に溢れ、共感を誘いました。また、思いやりや人を信じる気持ちの大切さを強く感じる作品でした。

ミュージカルにしろ映画にしろ、見終わった後に自分が最も共感した役や場面を振り返る…これって、とてもよいセラピーになるんですよね。共感できるってことは、考え方や行動が自分と似ていたり、自分の中に似たような感情があったりするわけです。実際に似たような体験をしていなくても、自分だったらこうするんじゃないか、なんて思ったりする。キャラクターに自分を投影して、自分自身を客観視しているうちに、自分のコミュニケーションのとり方のクセなどが見えてきます。ミュージカルや映画だけでなく、テレビのドラマでも、バラエティー番組の出演者でもそうです。例えば、私は“あいのり”が好きなんですけど、あの番組に登場する女の子たちを観ていて、よく涙します。他人と上手く付き合えなくてわざと嫌われるような行動をとっている子が、仲間から叱咤激励されるシーンなんて、まるで自分を見ているようで、ティッシュの箱抱えて観てました(^^; きつく叱られるより、優しい言葉を掛けられる方が泣けちゃうんですよ。「あ、同じだ…」って思ったら、涙が止まりませんでした。それと同時に、「もしかしたら、自分も同じ様な行動をとって周りに迷惑かけたかもしれない」なんて、ちょっとした気づきを得ることも出来ました。
共感出来るキャラクターやシーンを探すこの方法。自分を客観視するのにとても有効です。是非、お試し下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)