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2005/07/28

姑獲鳥の夏

P050728_0329(ネタバレ注意!)古本屋の店主で、陰陽師・安倍晴明ゆかりの神社の神主で、憑物落とし。そんな3つの顔を持つ京極堂こと中善寺明彦と、他人の記憶が見えるという特殊能力を持つ探偵・榎木津礼二郎。この存在感溢れる2大キャラが素晴らしい。

予告編のおどろおどろしい雰囲気から、どうしても横溝正史の金田一シリーズと比べてしまうのだが、同じように呪われた家系の美女の犯罪を扱っていても、近親者との不貞などストレートな性描写が出てくる横溝作品とは対照的に、それらの要素を含みながらもストレートな表現が一切ないなど、切り口は随分異なっている。

でも、下品なたとえで恐縮だが、下着が見えそうな超ミニスカートで大っぴらに素足を見せられるよりも、ロングスカートの深いスリットから時折ちらちらと素足が覗く方が断然エロティックなように、大胆な濡れ場を見せられるよりも、「遊びましょう」と誘う美女の怪しく微笑んだ口元を見せられる方が、想像力を刺激される分、はるかにエロティックな気がする。

もっとも、こういう手法をとれば、清らかなイメージの女優さんをむやみに脱がせる必要もないし、陳腐なサービスカットで作品の質を落すこともない。(金田一シリーズが陳腐だと言っているわけではない。あのシリーズのどろどろ感を出すには、濡れ場は不可欠だろうから)

主役のキャラクターにもかなり差が見られる。フケだらけのぼさぼさ頭をバリバリと掻きむしり、推理に煮詰まれば逆立ちをして勘を働かせ、犯人の美女に惚れられる独身男の金田一に対して、古本屋と神主と憑き物落としの顔を持つ京極堂は、一見クールな妻帯者。探偵ではないが、博学な知識と憑き物落としで事件の真相に迫ってゆく。友人に仏舎利(釈迦の骨)と称して骨壷入りの干菓子を勧めるような、冗談交じりの飄々とした態度に、只者ではない雰囲気を感じさせている。(このシーン、思わずにやりとしてしまったが、骨壷入りの干菓子の味はいかがなものか、気になって仕方がない。心なしかカルシウムっぽい味だったりして…笑)

それにしても、作品中の場面のほとんどはセットだというが、あの眩暈坂までもがそうだというから恐れ入った。
その坂を上りきった所にある京極堂のセットも、蔵を改造して作った店舗兼住宅で味わいがある。
そして、ミステリーに不可欠な猫。黒い背中に足袋をはかせたような足元とペンギンのように白いお腹のザクロが墓場の塀で一声鳴き、憑き物落としの鈴がちりんとなれば、『不思議なものなど何もないはずの不思議ワールド』へたちまち引きずり込まれてゆく。シリーズ化されたら、ぜひまた映画館に足を運びたいと思う。

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