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2004/10/29

久々のレディースデー


一昨日、2ヶ月ぶりくらいで映画館のレディースデーを堪能してきました。いつものように友人とお昼に待ち合わせをして、ゆっくりランチをとっていると、少々のんびりしすぎたのか、あっという間に開始予定時刻!いつもはチケットを購入してから食事するところを、この日に限って買っていなかったので、慌ててチケット売り場へダッシュしました。

ところが…。目的の映画はその時間にやっていませんでした。
友人がネットで開始時間を調べてあったのですけれども、どうやら時間変更になる日時を見間違えたようで、残念な事に夕方の16:25の回と20時過ぎの2回しか上映されない事が判明しました。諦め切れない彼女は、もう1軒の映画館でもやっていないかと、確かめに行くと言い出し、少し離れた別の映画館へ向いました。でも、そこでの上映はありません。戻って夕方の回のを観てもいいのですが、3時間弱の空き時間をどうしようか…。ちなみに友人が観たがっていたのは「モンスター」という、殺人を犯した女性死刑囚の実話を基にしたお話。私はキムタクの「2046」の方が良かったのですけれどね。(^^; で、こっちの映画館ですぐに観られそうなのは「2046」とジョニー・デップの「シークレット・ウィンドウ」…と、「ハットリくん」(爆)。

迷った挙句、「2046」を観ようとしたのだけれども、なんと次の回はプレミアム館での上映で、2400円だという。それじゃ、レディースデーに観る意味がない! (1千円で観られるから水曜日に来てるのに!)他の2作品は、二人とも大して気乗りしないものだったので、無理して観てもつまらないし、それならさっきの映画館でお互いに観たいものを観よう、ということに落ち着いた。夕方の回なら「モンスター」も「2046」も5分違いで始まるし。

という訳で、私と友人は映画の開始時刻まで買い物したりお茶したり、二人で一生懸命時間を潰し、終了後に再び合流して一緒に帰った。それなら初めから互いに一人で観に行けばいいようなものだけれど、一人だと何となく面倒臭くなって行かなくなってしまうので、この「行き帰り一緒で中味別々」というパターンは、私たちには丁度いい観方なのかもしれない。同じものを観て感想を述べ合うのもいいけれど、別々の物を観て、互いに良かったところを紹介しあうというのも、なかなか乙なものですよ(^^ゞ

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2004/10/08

破れたハートの治し方

先日、ペットロスについてのセミナーに行ってきました。
大事なペットを亡くして、そのショックから社会生活が困難になってしまう状態のことを「ペットロス」と言うのですが、
ペットに限らず、大切な人を亡くしたり、離別や失恋をした時にも、人はこれと似た様な精神状態に陥ってしまうことがあります。

よく「結婚よりも離婚するときの方がエネルギーを使う」と言いますが、本当です。
何故なら、私自身が身をもって経験しましたから。
まあ、それはさておき、ペットロスも離別による心の痛みも、そのショックから立ち直るまでには、「否認・怒り・取引・うつ状態・受容」といった5段階の心の変化を起こすのだそうです。

まず「否認」。これは別れという現実を受け入れられず、信じまいとする状態です。「嘘よ。私がふられるなんて、そんなことあるわけないじゃない」…まあ、例えるならこんな感じでしょうか。
私もそうでした。30歳の誕生日の前夜の話です。
「ねえ、明日、私の誕生日だよ」と、プレゼントをねだったつもりが、いきなり離婚話を切り出されてしまい、何がなんだかわけもわからず、私は現実を受け入れることが出来ませんでした。直接の原因は、前夫の浮気が本気になってしまったことでしたが、どうしても信じられない私は、その後彼女に会ったり、彼女の家に押しかけるなど、自ら真実を確かめに行き、現実を叩きつけられたのでした。今思うと恐ろしいほどのパワーです。それほど、信じまいとする力は強力なものだったのですね。

次に「怒り」。これがまた、やっかいなのです。怒りというのは、感情の中でもとても強い本能的なものですから。
嫌がおうにも現実を突きつけられると、今度は「なんで?なんで私だけこんな目に遭うの?私がこんなに辛いのに、彼とあの女が幸せにしているだなんて、そんなの許せない!」…怒りは、ある日突然やってきました。それまで、何とか彼の心を取り戻せないものかと、彼と彼女と3人で食事をするなど、辛い気持ちを押し殺して、無理に二人と仲良くしていましたが、ある時、何かがパン!とはじけた様に、彼女に対するものすごい憎しみの気持ちが私を襲いました。合鍵を持っていた私は、彼のいない間に部屋に上がりこみ、彼女が買ったであろうお揃いのコップの赤い方を、おもいっきり床に叩きつけてやりました。飾ってあった二人の写真を引きちぎり、クッションを切り裂き、彼女の洋服やエプロンをゴミ箱に捨てました。あれは普通の心理状態じゃなかったと思います。10年近く経った今、振り返ってみると、あの頃の自分が不憫でなりません。でもきっと、辛さを乗り越えるためには必要なステップだったのだろうと思います。とはいえ、あまり度が過ぎると犯罪になっちゃいますよね。このときまだ離婚していなかったから彼も訴えたりしなかったんだろうけど…。

次に「取引」。写真や彼に関する物を処分したりして、何もなかったことにしてしまう。よく写真を燃やしたり、指環を捨てたりする人、いますよね。あれです。私の場合は、物を捨てることは出来なかったけど、無理矢理「彼は死んでしまったんだ」と思い込もうとしました。そう思い込むことによって忘れようとしたのだと思います。個人差があるので、必ずしも5段階の全部を経験する人ばかりではないし、人によっては順番が入れ替わることもあるのだそうです。

それから「うつ状態」へと突入します。怒っても、写真を捨てても、何をしても悲しみを忘れられない。どんなことをしても癒されない。そうなると、「もう何をしても彼は帰ってこない。もうムダだ。手遅れなんだ」と、鬱々と毎日を過ごし、もう何もやる気が起きず、会社にも行けなくなってしまいます。私も、毎日泣いてばかりいました。調子の良い日は会社に行けたけれど、仕事中にも突然悲しみに襲われて、急に涙が流れ始め、まともに仕事を続けられず、慌ててロッカールームへ駆け込んだりしていました。そんな状態なので、会社も休みがちでした。

この「怒り」「取引」「うつ状態」を繰り返していくうちに、段々と馬鹿馬鹿しくなってきたのです。そのことにとらわれて無駄な時間を過ごすことが。もっと他のことに目を向けよう。自分の人生を楽しまなければ、もったいない。そんな気持ちが湧き起こってきたのです。趣味のバンド活動も再開しました。きれいになって見返してやるんだとばかり、おしゃれにも気を遣いました。興味のある習い事を始めてみたり、ものすごく前向きになりました。それでも時々、急に思い出して泣く事もありましたが、泣いちゃいけないと思うのはやめました。泣くだけ泣いてすっきりしたら、またいつもの自分に戻ることが出来ました。ようやく悲しみと向き合うことが出来たのです。この最後の段階が「受容」です。悲しみをありのまま受け止め、そして立ち直っていくのです。

いかがですか?今、心を痛めているあなた。あなたは今、どの段階にいますか?
怒りにとらわれて、苦しんでいますか?それとも、もう何もやる気が起きず、泣いてばかりいますか?
いいんですよ、そのままで。無理に治ろうとしなくてもいいんです。
ありのままのあなたを、自分自身でしっかりと受け入れましょう。
あなたは病気ではありません。時が来ればちゃんといつもどおりのあなたに戻れます。
今はまだ、その時が来ていないだけです。
泣きたかったら、おもいきり泣いていいんです。悲しくて泣くのは当たり前なんですから。
怒りたかったら、怒りましょう。
気持ちが高ぶっているときは、出さないメールを書くといいですよ。
思いのままに言葉を書き連ねましょう。でも、すぐには送らないで。送らずに下書きホルダーに入れましょう。
下書きホルダーに入れたまま、最低でも丸1日寝かします。再び開いて読み返してみると、あまりの辛らつな言葉に、何だか気恥ずかしくなってしまったり、支離滅裂な文章を書いていることに気づいたりして、多分送れなくなります。それでいいんです。出さない(送らない)のが目的のメールですから。
私は結構この出さないメールで救われていますが、人それぞれですので、中には「それでは満足できない」とおっしゃる方もおいででしょう。そのような方は、独自の気晴らし方法を、ぜひ探してみてください。

役に立つかどうかわかりませんが、私流「破れたハートの治し方」を伝授いたしました。

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