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2004/07/07

子供嫌いの私が言うのもナンですが…

先月の女子児童殺傷事件の記憶も覚めやらないうちに、今度は男子児童が同級生を包丁で傷つけるという、似た様な事件が起きてしまった。7日付朝日新聞の朝刊によれば、少年たちは6年生。3年生の時から親友同士だったが、5年生の3学期に揉み合いになるほどの大喧嘩をして以来、険悪な仲になってしまったらしい。被害者の少年は、どうやら加害者の少年に対して嫌がらせや悪口を浴びせていたらしく、加害者の少年がそれに腹を立てたことから事件に至ったようだ。「高だか悪口や嫌がらせくらいで、包丁持ち出すかよっ!」と、大人である私たちは思う。そして、やれ持ち物検査を徹底しろだの、授業に関係のない刃物は持ち込ませないようにしようだのと騒ぐ。でも…何か違わない?大事なのは、そういうことじゃないんじゃない?ランドセルに柳刃包丁という、恐ろしく似つかわしくないモノを持ち出そうという発想に至った彼の心の背景を、先生や親御さんだけでなく、直接関係のない一般の大人も、もっと考えるべきなんじゃない?

私も一般の大人の一人だけれど、こういう事件の報道に触れる度、涙が出てくる。自分の子供の頃を思い出して、ついつい投影してしまうのかもしれない。この世から消し去ってしまいたいほど憎らしい相手がいたわけではないのだけれども、「あの子が居るから学校に行きたくない」と考えたことは、多少なりともあった。例えば、牛乳を飲んでいるときに後ろから頭を押されて噴出すというのを何度も繰り返されて、悔しくて泣き出してしまったことがあった。大人の今なら、ほんの些細なことだと思えるし、もしかしたら相手の男の子が自分に好意を持ってしたことかもしれない、とさえ考えられるけど、小学生の自分にはただ耐えるしかなく、毎日が苦痛だった。
大人たちのすべてがいじめられた人ばかりではない。当然、いじめる側だった人も居るだろう。だけど、大人になった今、いじめっ子だった自分のことや、いじめた相手のことを、思い返してほしい。その上で、例の子供たちのことを、もう一度考えてみてほしい。「なんであのとき、いじめたんだろう?」「なんで、自分はいじめられたんだろう?」一人一人が自分自身を見つめ、相手を思いやる気持ちをもてたら、世の中が少しずつでも優しく変わるかもしれない。

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