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2004/04/16



 先月はとうとう1回も見聞録を書かずに終わっちゃいましたね(^^ゞ。桜の花も咲き終わって、すっかり春めいて参りました。もうあとわずかで誕生日なんですが、やはりこの生まれてきた頃の季節、春から夏への時季が、私は一年で最も好きです。でも、中高生の頃の私には、とても憂鬱で苦手な時季でもあったのです。

 小学校の頃は、2年ずつ同じクラスのまま進級したのですが、中学校も高校も、1年ごとにクラス替えがありました。このクラス替えというヤツが、私は非常にキライでした。仲の良い友達と同じクラスになれた年は、とても楽しい1年を送る事が出来ましたが、独りだけ別のクラスになってしまった時は最悪で、なかなか周りに溶け込めないまま月日だけが過ぎてゆき、気が付けば周りはみんな数人ずつのグループを作っていて、私はそのどこにも所属していない、ただ同じクラスに居るだけの存在になっていました。それでも不思議とイジメにも遭わずにいたので、それだけがせめてもの救いでした。中3の時もそんな状態で、カレンダーに×印をつけては、あと何日我慢すればもう学校に行かなくて済むんだと、自分に言い聞かせていたものでした。

 高1の時、中学の同じクラスから進学した子と一緒のクラスになり、登下校を共にするようになりました。中学の時には同じ班になってもろくに口も利かなかった間柄でしたが、話してみればとても人懐こく、音楽の趣味も合う子で、自然に打ち解ける事が出来ました。ある日、思い切って彼女に中3の時の辛かった気持ちを打ち明けました。誰にも馴染めず、みんなにも嫌われて、学校に行くのがとても辛かったと。彼女はちょっと意外そうな顔をして言いました。「誰も流衣ちゃんを嫌ってなんかいなかったよ」

 友達にそう言われて、暫くは涙が止まりませんでした。それが嬉し涙だったのか、悔し涙だったのか、よくわかりません。今でも思い出すと複雑な涙が溢れてくるので、普段は忘れていても、深層心理にしっかりと刻まれているのでしょう。でも、この出来事をずっと忘れない事を、私は悪い事だとは思いません。友達に話したからこそ自分自身でバリアを張り巡らしていた事に気づく事が出来たのだし、周りに溶け込めない人の気持ちがわかるからこそ、自分から声を掛ける勇気が持てる様になったのですから。いつかタイムマシンが出来たなら、あの頃の自分に友達の言葉を伝えに行ってやろうと思います。

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